まず自分からアクションを起こすタイプのデザイナーではないので、クライアントからの依頼でデザインする事がほとんどです。特にコンペティションもやらないし、特に競合するデザイナーが他にいる場合は、「どうぞどうぞ」と譲ってしまう。
「自分のデザインが必要とされる事は一生懸命やるけれど、必要とされない事はやらない」を唯一の主義にしている。
このように基本的に依頼があって初めてデザインするので、成就しないプロジェクトはほぼ無いのだけれど、不本意ながらここのところ途中で止まったり無くなったりするプロジェクトがでてきた。淋しいものです。
この”高島野十朗美術館/素空間・栩葺(とちぶき)の箱”も最近のそのひとつです。高島野十朗の作品を蝋燭の炎、闇夜に浮かぶ様々な月で想像する人も多いと思います。この孤高の画家”高島野十朗”のコレクターで美術商の依頼で小さな美術館をデザインしました。
「素空間・栩葺(とちぶき)の箱」と名づけられたこの美術館は、雑踏の中にあってその風景を切り取るように黒い墨のボリュームをしています。
これはまるで都市の中のブラックフォールのように、すべての思念を飲み込みます。
この建築の外皮は栩葺(とちぶき)といわれるもので、古くは法隆寺金堂の裳階(もこし)に見られる厚い木片を互い違いに重ねた板屋根を形成する手割り板で、その材料を酸化させて墨色にし外壁として中空に浮かせています。美術館内部もスポットライト等の線光源のみで構成し、作品のフレーム(領域)を感じさせないで、濃密な闇の中に作品のみが浮かび上がるように計画していました。
様々な理由で計画は頓挫したけれど(頓挫したから余計に思うのかもしれないけれど)、実現できれば後世に残る建物になったと思っている。
全宇宙を一握する、是写実
全宇宙を一口に飲む、是写実
ー高島野十朗ー
(辻村久信)